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TRPGについて論ずる

その4…豆腐を埋めるヤツは偉いのか?

TRPGのキャラクターシートには、システムで決められたデータを書き込む場所以外に、「描写」やら「紋章」やら「キャラクターのイメージ」やらが隅っこに小さい文字で書かれている、空白のスペースがある。

普通に考えたらここに「キャラクターの顔」を描くのだろうが、人によってはそうとも限らないため、便宜上「豆腐」としておく。

実はこの豆腐、必ずしも「顔を描け」と言っているわけではない。

キャラクターのイメージを表現するものなら、文章だろうが紋章だろうが持っている武器の絵だろうがなんでもいいのである。

とはいえ、わたしとしては、豆腐は「顔」で埋めるべきだと思っている。

ではなぜ「顔」なのか?

理由は簡単。「ぱっと見でキャラクターがわかる」からである。

ひとつの言葉から想像するイメージというのは、各々多種多様である。

それゆえ言葉尻の説明だけだと、説明を聞いた各人の想像したイメージがそれぞれ違い、統一したイメージを作ることは難しい。

絵でなら、どんな髪形か、どんな目鼻だちか、キャラクターの外見を説明するときでも、「こんな感じ〜」とキャラクターシートの豆腐の部分を見せれば一発でわかる。

わたしの学生時代の先輩がおっしゃっていた文句に、こういうのがある。

「データや名前・性別などが書いてあっても、顔がないキャラクターは50%にも満たない」

キャラクターシートの大半を埋め尽くしているデータの部分より、大きくて1/4、果ては1/8にも満たない豆腐の部分のほうがその大半よりも比重が大きい、と見ているのである。

一番不透明になりがちな「キャラクターの外見」というアナログな部分を埋めて、初めてキャラクターは完成するのである、ということを言いたかったんだと思う。

もちろんその先輩も、キャラを作るごとにしっかりとキャラの顔で豆腐を埋めていた。

わたしは絵を描くのが好きなので、豆腐はだいたいキャラの顔で埋めることが多い。イメージが湧いてたり、時間があるときなんかは細部のディティール(服装や装飾、ポーズなど)にも気を使う。

キャラクターシートに描くのはだいたい胸像(バストアップ)なので、それに飽き足らない場合はキャラクターシートの裏や別の紙に全身像も描いてしまう。キャンペーンに使うキャラの場合なんかは最低2〜3枚は描くし、ガジェットに凝っている場合はそれ単体の絵なんかも描く。

「自分が描けるから」というわけではないが、

「オレ、絵心ないから顔は描かない」とか、「顔は描かない主義」とか言ってる連中はちょっと引いてしまう。

わたしにしてみりゃ「甘ったれんなゴルァ!」て感じである。

わたしの友人には、最初「顔が描けない;;」と嘆きつつも、描けるように努力して今ではきちんと豆腐を埋められるようになった人もいる。

ぶっちゃけ、決して上手いと言えない人も、案外上手く描けてるって人もいる(主観だが)。

どちらにせよ、それはその人の、豆腐を埋めんとする努力の結晶にほかならないのである。

そういった努力をしている人を尻目に、「描けない」「描かない」の一言ですべてをあきらめている人はわたしから見るととてもハナにつく。

N◎VA-Rの頃のレコードシートの採点基準に、「リプレイやイラストを書いてきた」という項目があるが、これは普通、前回やったアクトのリプレイを書いてきたり、その時の情景などをイラストにしてきた人に贈られる項目なんだとおもう。

が、わたしの周りでは、新たに起こしてきたキャストの豆腐を埋めてきたらチェック、というのが暗黙の了解となっている(もちろんRLには聞くが)。

最初に大々的に通達したのはわたしがRLを始めたときだったと思うが、それ以前にも顔を描いてきたらちょくちょくその時のRLに尋ねたりはしていた。

「顔を描く」という労力、努力を認めたいという意味合いで言った言葉だが、まぁシステム的に言ったらたかが経験値1点。現在では軽視されがちではある。

「自分が絵を描けるからって軽く言うな」と言われるかもしれないが、その逆である。

絵を描けるからこそ、絵を描いてきたときの他の人の反応・評価・賞賛を受けることの喜びを知ってもらいたいのだ。

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